2007年08月09日

高崎周辺のぶらり水紀行 vol-3

2007/08/10号ちいきしんぶん掲載

「不動の滝」落差 下段40m(吾妻郡長野原町)
消えゆく滝と渓谷、そして湯けむり情緒


現在工事中の八ッ場(やんば)ダムが完成すると、その4分の1が湖底に沈む名勝「吾妻峡」。そして800年の歴史を誇る名湯「川原湯温泉」も、この地から移転する。総落差90mにもおよぶ大滝を訪ねながら、消えゆく風景の中を歩いた。

■関東の耶馬渓に思いを寄せて
 高崎駅から1時間20分、JR吾妻線「川原湯温泉」駅に降り立った。温泉には何度となく来ているが、電車で来たのは初めてである。
 関東の耶馬渓と称される吾妻渓谷を訪ねるのは、かれこれ3度目となる。家族と、仕事で、そして今回はカメラマン同行の取材。訪ねるたびに、渓谷周辺の様相が変わってゆく。ダム工事が急ピッチで進んでいる証拠だ。
 駅から国道を下流方面に向かって歩くと、すぐに遊歩道が始まる。右手に巨大なコンクリート壁が……。確か最初に訪れたときは、滝があったような気がする。山道で出会う人が、ハイカーよりヘルメット姿の作業員の方が多いというのも奇妙な光景である。どこからともなく響いてくる工事の音に、耳をそばだてながら急な登り下りをくり返す。
 右手の岩壁から滑るように「栃洞(とちぼら)の滝」が、歩道を横切っている。二段に落ちるゆるやかな流れの途中を渡る、珍しい滝だ。確か、ちょうどこの辺りがダムの建設予定地。「この滝は残るのだろうか…」そんな一抹の不安を抱きながら滝を後にした。

■思わず息をのむ渓谷の青い流れ
 見晴台は、コースのほぼ中間地点。あずま屋があり、休憩をとるにはちょうどいい場所だ。渓谷に突き出した高台からは、いま歩いて来た吾妻川の上流が一望できる。緑の風に吹かれると、汗が引いていった。
 でも、ここからの雄大な眺めも、あと何年かの命——。眼前にはダム壁が立ちはだかるのだ。予定では平成22年の完成とのことだが、だいぶ遅れている。それまでに、何度か足を運びたいと思わせる美しい景観である。
 分岐にもどり、急な斜面をトラバースしながら行く。危険な箇所にはフェンスが設けられているので心配はないが、滑りやすいので足元に注意が必要だ。
 樹木の間から左手に、鋭く切れ込んだ岩壁が迫る渓谷の姿が見え出すと、ゴールは近い。駅から約50分で、渓谷随一のビューポイント「鹿飛橋」に着いた。
 赤い橋から見下ろす渓谷美は、まさに絶景! 両岸から迫る断崖と青い川の流れに、ただただ息をのむ。この辺りは最も川幅が狭く、鹿でも飛び越えられることから鹿飛(しかとび)と名付けられている。毎度のことではあるが、高所恐怖症の僕は、早々に橋の上から退散した。


■名瀑を惜しみながら名湯を浴む
 国道へ出て、そのまま駅までもどり、今度は西へ温泉街を目指す。
 『なつかし あたらし 川原湯温泉』と書かれた看板が目についた。以前の『ようこそダムに沈む川原湯温泉』に替わる新しいキャッチフレーズのようだ。“なつかし”が現在の姿、“あたらし”がダムに沈んだ後の代替地での温泉地ということになる。
 温泉街を抜けて、川原湯神社まで来ると「不動の滝1000m」の案内板がある。やがて、土煙をあげてダンプカーが頻繁に行き交う、幅広の道路に出た。トンネル工事をしているようだが、深山の滝を目指しているとは思えない、不思議な感覚を抱いたまま歩き続ける。路傍に突然、「滝入口」の案内が現れ、苔むした石段を上がり出す。てっぺんには不動明王を祀った小さな社があり、そこからわずかで滝を望む見晴台に着いた。駅から約40分の歩程だった。
 『おのが身のさびしきことの思はれて 滝あふぎつつ去りがたきかも』と若山牧水が詠んだ滝は、三段に分かれて落ちる県内でも屈指の大瀑布である。見晴台から見られるのは、下段の40m部分だけだが、それでも見ごたえは充分だ。すだれのように幾筋にも分かれた水の帯が、滝壺近くでまた一筋となり、そのまま深い渓谷の流れとなっている。「この滝も湖底に沈んでしまうのだろうか…」振り返ると、背後には巨大なコンクリートの橋脚が2本、高層ビルのようにそびえ立っていた。その光景のアンバランスさに、牧水同様、去りがたい心持ちになった。
 カナカナカナ、カナカナカナ——。寂し響く、ひぐらしの声に送られながら、温泉街までの道をたどった。800年の歴史を持つ共同浴場「王湯」で、電車の時刻までゆっくりと汗を流すことにした。(フリーライター/小暮 淳)