2007年01月22日

高崎周辺の里山をゆく vol-2

2007/01/19号ちいきしんぶん掲載

◎種山(たねやま)」標高909.2m(高崎市下室田町)

水源神として祀られる信仰の山

 高崎市街地から榛名山を望むと、最南端に見える天狗山(1178m)。その尾根続きに、こんもりとたたずむ里山が種山だ。いくつもの川の水源となる分水嶺の山で、古来より水源の神として地元農民たちに信仰されてきた。

 


■まずは山の神様にお参りして

 高崎駅西口、2番のりばより「榛名湖」行きのバスに乗り込んだ。ふだんは何気なく車で通り過ぎている街並みも、ひと際高いバスの車窓から眺めると、なんだか知らない都市を旅している気分になれるから不思議だ。里山行きの小さな旅が始まった。
 旧榛名町の「駒寄入口」バス停にて下車。登山口のある大日蔭を目指して車道を歩きだした。しばらくすると、後ろからクラクションを鳴らして近寄る車があった。降りてきたのは、今日、僕を案内してくれる地元のA氏だった。わざわざ迎えに来てくれたのだった。
 登山口は、大日蔭から約1kmほど林道南榛名山線を南に下った日当たりの良い開けた場所だ。道幅もあり、数台なら路傍に駐車できる。近くに山の神「十二様」を祀った神社があった。こま犬の代わりに、対の狼が彫られているのが珍しい。今日の登山の安全を祈願して、いざ出発!
 北を仰ぐと天狗山の手前に、なだらかな三角錐を描く種山が見えた。

 




■箱庭のようなパノラマ展望が

 登山口を示す標識はない。「ろうきんの森」と書かれた看板が目印だ。暖かな南斜面の広葉樹の森を、尾根づたいにカサコソと落ち葉を踏みしめながら登りだす。所々、赤や黄色のテープが木々に貼られているので、迷うことはなさそうだ。ときどき北側が開けた峰すじから、間近に大日蔭の集落を見下ろす。生活に密着している山なのだと、つくづく感じた。
 やがて砦のように、いくつもの大きな岩が行く手をはだかった。それにしても見事な巨岩群である。まるで意図的に誰か(大男?)が積み上げたようにも見える。これといった名前は付いていないらしく、A氏に「名前をつけてよ」と言われたので、僕が即興で『天狗の忘れ岩』と名付けた。以前、登った天狗山の巨岩が重なり合う山頂を思い出したからだ。登山道が整備された暁には、そのような立て札を立てていただきたい。
 荒れた作業道から巨石群を左に巻いて、檜林の尾根に出た。突然、陽の光がまぶしい緑の広場へ飛び出した。パラグライダーの離陸場である。展望が素晴らしい。遠くに御荷鉾山、妙義山、荒船山を、眼下に秋間丘陵と旧榛名町の町並みが、箱庭のように見渡せる。ここで昼食をとることにした。

■田んぼの神が宿る頂に立って
 パラグライダー離陸場からの道は、急登もアップダウンもなく歩きやすい。踏み跡も鮮明で迷うことはないが、灌木の枝や倒木が多く、何度も足を取られそうになった。それさえ注意すれば、快適な尾根歩きが楽しめる。
 やがて三等三角点のある山頂へ。残念ながら雑木に囲まれていて、展望はなし。さらに奥へ数百m行った先に、北方の眺望が良い場所に出た。なぜか山名板はここにある。眼前に天狗山がそびえている。雪を頂いた浅間山の雄姿も遠望できる。途中の休憩を除いて、約1時間の徒行だった。
  種山は、地元の人以外にはあまり知られていないが、古来より稲作農民にとっては水源の神として信仰されてきた山である。「田の神山」が「田野山」となり「種山」と呼ばれるようになったとのことだ。名峰と呼ばれる高山ハイクも良いが、ひっそりと地元民たちに愛され守られてきた里山は、登るたびにハイカーをやさしい気持ちにしてくれる。これが里山歩きの一番の魅力であろう。
 復路は思いのほか、ピッチが上がっている。それもそのはずで、下山したらA氏のお宅で祝杯を挙げようという算段なのである。これも手軽に登れる里山ならではの、楽しみの一つである。
(フリーライター/小暮 淳)