2007年11月01日
シリーズ 民話と伝説の舞台「木部姫伝説」
2007/11/2号ちいきしんぶん掲載
姫よ、なぜにあなたは竜になった!?
榛名湖には、大蛇が棲むという。その昔、身を投げた美しい姫君の化身だとも言われている。高崎市に伝わる民話や伝説の舞台を訪ねるシリーズ第1回は、県内に伝わる女人入水伝説の中でも、謎の多い「木部姫」の入水までの足取りを追ってみた。
姫よ、なぜにあなたは竜になった!?榛名湖には、大蛇が棲むという。その昔、身を投げた美しい姫君の化身だとも言われている。高崎市に伝わる民話や伝説の舞台を訪ねるシリーズ第1回は、県内に伝わる女人入水伝説の中でも、謎の多い「木部姫」の入水までの足取りを追ってみた。
■菩提寺で見つけた”龍“の文字
榛名湖に女性が身を投げる入水伝説には、いくつもの言い伝えがある。民話や伝説の本になっているだけでも、「伊香保姫」「藤波姫」「長野姫」「腰元ガニ」と様々だ。でも物語は一様に似ている。姫が榛名湖で入水し、大蛇もしくは竜になったという話だ。ただ竜になったという話と、そもそも湖の主(竜神の申し子)だっという話のオチの違いや、続編とも言える姫のお供をしていた腰元たちが後を追って入水しカニとなる話など、そのストーリー展開は微妙に異なっている。
その中でも、もっとも有名で素性がハッキリしている人物、「木部姫」の舞台を今回は訪ねた。
緑埜郡木部村(現在の高崎市木部町)に、木部城があった。城主は木部範虎、妻は箕輪城主・長野業政が城を守るために周辺の豪族たちに嫁がせた12人の娘の一人(四女)だった。評判の美人で、その美しさは容姿だけではなく、やさしい心の持ち主だったという。彼女が木部姫である(範虎の娘が木部姫という説もある)。
木部町にある木部家の菩提寺「心洞寺」に、木部城主の廟所があるというので行ってみた。ここは木部の屋敷があったところ。城は屋敷より約1・5西南にあったという。
昼なお暗い廟所には、範虎の供養碑が建っていた。戒名「全清院殿心洞芳傅居」とある。その隣を見ると、奥方の戒名が……室「龍體(体)院殿天生證券真大姉」。なんと、そこには”龍“の文字があった!
■姫にまつわる伝説の井戸
ある日突然、木部村の屋敷を出て、姫は榛名湖へ向かう。ここが、この話の最大のミステリーである。前述したように結末は同じでも、ここから物語が分かれるからだ。
たまたま腰元たちを連れて、榛名湖へ舟遊びに行ったという説。元気がない姫をお付きの者たちが、気分転換に榛名湖へ連れ出したという説。それと、姫自らが榛名湖へ行きたいと申し出た説と様々である。また、姫が行きたいと言ったのは榛名湖ではなく、榛名神社への参詣だったという話も残っている。いずれにせよ、姫が榛名山へ向かったことは間違いないようだ。次の足取りを追ってみよう。
室田山長年寺(高崎市下室田町)——。箕輪城主・長野家の菩提寺として建立された古刹にも、木部姫にまつわる伝説が残っている。「手洗いの井戸」とも「化粧の井戸」とも言われている井戸で、木部姫の一行が榛名山へ向かう途中に立ち寄り、手足を洗ったとされている。
ところが、この井戸には、もう一つこんな伝説が残っている。
ある雨の晩、寺の住職のところへ美しい娘が訪ねて来て、「血脈譜(家系図)が欲しい」と泣きながら願った。だが住職は、襖に映る女の影が蛇の姿だっため、これをこばんだ。すると女は、自分は木部姫であること、榛名湖に入り本性の大蛇になったことなど素性を明かし、再度懇願したため、住職が血脈譜を手渡した。女は喜び、厚く礼を言って立ち去ったという。後に寺の境内に、清水が湧出したとのことだ。
こちらの話は、完全に入水後の後日譚である。はたして木部姫は、長年寺に榛名湖入水前に立ち寄ったのか?
それとも入水後に本性の蛇体となってから訪ねたのだろうか?
■湖畔に建つ竜神オカミ神社
榛名湖畔に、小さな社が建っているのをご存じだろうか。御社の名は「御沼オカミ神社」(オカミという字は雨冠に口を3つ、その下に龍と書く)。雨雪など水をつかさどる神で、竜神のことだそうだ。でも神社前のバス停には、「木部神社前」と書かれていた。聞けば、地元の人たちからは「木部さま」と呼ばれ親しまれているとのこと。まさに、ここが木部姫終焉の地なのだ。
御神殿の隣に、2つの石碑が建っていた。右の石碑には木部姫の戒名が、そして左の石碑には「久屋妙昌信女」と刻まれている。久屋は、姫の後を追い入水した腰元の名前だ。さらに「十二月二十七日」と「緑埜郡木部村」の文字——。これは疑うこともなく、天正13(1585)年に亡くなった木部姫とその腰元久屋の供養碑である。
春夏秋冬、榛名湖の水が澄んでいるいるのは、飛び込んだ腰元たちがカニとなって底の落ち葉をかき分けて、姫を探しながら水を清めているからだという。榛名周辺には、今も「カニを食べたら榛名山に登るな」という言い伝えが残っている。
さて、木部姫は自らの意思で榛名湖へ行ったのか、それともたまたまだったのか。はたまた、すでに自分は竜神の化身であることを知っていたのか。
実は異説の中に、この「木部姫伝説」の序章と思われる一文を見つけた。それによれば『木部範虎の奥方で、箕輪城主・長野業政の娘は、母親が榛名へ参詣のときに、そこの竜神の子を懐妊して生んだもの』とある。だとすれば、姫は自分の出生の秘密を知っていたのではないか。もしくは疑っていた可能性がある。それゆえ真実を知るために榛名湖へ向かったのではないか。長野家の菩提寺に立ち寄ったのも、血脈譜を欲しがったのも、これで、つじつまが合うというものだ。
伝説とは、あくまでも言い伝えであり史実とは異なるもの。民話も先人たちが作り残してくれた創話だ。でも、そこに舞台があるかぎり、謎学の旅は始まる。
(フリーライター/小暮 淳)
〈参考文献〉
「ふるさとの民話」(あかぎ出版)
「高崎のむかしばなし」「高崎市史」(高崎市)
「上毛野昔話」(みやま文庫)
「群馬県百科事典」(上毛新聞社) ほか
榛名湖に女性が身を投げる入水伝説には、いくつもの言い伝えがある。民話や伝説の本になっているだけでも、「伊香保姫」「藤波姫」「長野姫」「腰元ガニ」と様々だ。でも物語は一様に似ている。姫が榛名湖で入水し、大蛇もしくは竜になったという話だ。ただ竜になったという話と、そもそも湖の主(竜神の申し子)だっという話のオチの違いや、続編とも言える姫のお供をしていた腰元たちが後を追って入水しカニとなる話など、そのストーリー展開は微妙に異なっている。
その中でも、もっとも有名で素性がハッキリしている人物、「木部姫」の舞台を今回は訪ねた。
緑埜郡木部村(現在の高崎市木部町)に、木部城があった。城主は木部範虎、妻は箕輪城主・長野業政が城を守るために周辺の豪族たちに嫁がせた12人の娘の一人(四女)だった。評判の美人で、その美しさは容姿だけではなく、やさしい心の持ち主だったという。彼女が木部姫である(範虎の娘が木部姫という説もある)。
木部町にある木部家の菩提寺「心洞寺」に、木部城主の廟所があるというので行ってみた。ここは木部の屋敷があったところ。城は屋敷より約1・5西南にあったという。
昼なお暗い廟所には、範虎の供養碑が建っていた。戒名「全清院殿心洞芳傅居」とある。その隣を見ると、奥方の戒名が……室「龍體(体)院殿天生證券真大姉」。なんと、そこには”龍“の文字があった!
■姫にまつわる伝説の井戸ある日突然、木部村の屋敷を出て、姫は榛名湖へ向かう。ここが、この話の最大のミステリーである。前述したように結末は同じでも、ここから物語が分かれるからだ。
たまたま腰元たちを連れて、榛名湖へ舟遊びに行ったという説。元気がない姫をお付きの者たちが、気分転換に榛名湖へ連れ出したという説。それと、姫自らが榛名湖へ行きたいと申し出た説と様々である。また、姫が行きたいと言ったのは榛名湖ではなく、榛名神社への参詣だったという話も残っている。いずれにせよ、姫が榛名山へ向かったことは間違いないようだ。次の足取りを追ってみよう。
室田山長年寺(高崎市下室田町)——。箕輪城主・長野家の菩提寺として建立された古刹にも、木部姫にまつわる伝説が残っている。「手洗いの井戸」とも「化粧の井戸」とも言われている井戸で、木部姫の一行が榛名山へ向かう途中に立ち寄り、手足を洗ったとされている。
ところが、この井戸には、もう一つこんな伝説が残っている。
ある雨の晩、寺の住職のところへ美しい娘が訪ねて来て、「血脈譜(家系図)が欲しい」と泣きながら願った。だが住職は、襖に映る女の影が蛇の姿だっため、これをこばんだ。すると女は、自分は木部姫であること、榛名湖に入り本性の大蛇になったことなど素性を明かし、再度懇願したため、住職が血脈譜を手渡した。女は喜び、厚く礼を言って立ち去ったという。後に寺の境内に、清水が湧出したとのことだ。
こちらの話は、完全に入水後の後日譚である。はたして木部姫は、長年寺に榛名湖入水前に立ち寄ったのか?
それとも入水後に本性の蛇体となってから訪ねたのだろうか?
■湖畔に建つ竜神オカミ神社榛名湖畔に、小さな社が建っているのをご存じだろうか。御社の名は「御沼オカミ神社」(オカミという字は雨冠に口を3つ、その下に龍と書く)。雨雪など水をつかさどる神で、竜神のことだそうだ。でも神社前のバス停には、「木部神社前」と書かれていた。聞けば、地元の人たちからは「木部さま」と呼ばれ親しまれているとのこと。まさに、ここが木部姫終焉の地なのだ。
御神殿の隣に、2つの石碑が建っていた。右の石碑には木部姫の戒名が、そして左の石碑には「久屋妙昌信女」と刻まれている。久屋は、姫の後を追い入水した腰元の名前だ。さらに「十二月二十七日」と「緑埜郡木部村」の文字——。これは疑うこともなく、天正13(1585)年に亡くなった木部姫とその腰元久屋の供養碑である。
春夏秋冬、榛名湖の水が澄んでいるいるのは、飛び込んだ腰元たちがカニとなって底の落ち葉をかき分けて、姫を探しながら水を清めているからだという。榛名周辺には、今も「カニを食べたら榛名山に登るな」という言い伝えが残っている。
さて、木部姫は自らの意思で榛名湖へ行ったのか、それともたまたまだったのか。はたまた、すでに自分は竜神の化身であることを知っていたのか。
実は異説の中に、この「木部姫伝説」の序章と思われる一文を見つけた。それによれば『木部範虎の奥方で、箕輪城主・長野業政の娘は、母親が榛名へ参詣のときに、そこの竜神の子を懐妊して生んだもの』とある。だとすれば、姫は自分の出生の秘密を知っていたのではないか。もしくは疑っていた可能性がある。それゆえ真実を知るために榛名湖へ向かったのではないか。長野家の菩提寺に立ち寄ったのも、血脈譜を欲しがったのも、これで、つじつまが合うというものだ。
伝説とは、あくまでも言い伝えであり史実とは異なるもの。民話も先人たちが作り残してくれた創話だ。でも、そこに舞台があるかぎり、謎学の旅は始まる。
(フリーライター/小暮 淳)
〈参考文献〉
Posted by ちいきしんぶん at 12:09
│2007年・特集記事

