2008年01月24日

シリーズ 民話と伝説の舞台「佐野の舟橋」

2008/1/25号ちいきしんぶん掲載


高崎版ロミオとジュリエットの悲劇

許されぬ恋というものは、いつの世にも存在するらしい。それでも愛し合うのが男と女なのか。烏川をはさんだ二つの村に架かった舟橋を渡り、逢瀬を重ねる那美と小次郎。その顛末(てんまつ)は?悲恋物語の舞台を訪ねた。



*怨霊を慰めるために建てられた歌碑
 高崎市上佐野町に、西光寺という寺がある。その寺の道をへだてた西側に、古碑が建っている。かなり碑面は風化していて、もはや判読は難しいが、上部にはうっすらと「舩木観音」の四文字が刻まれているのが見える。資料によれば、その下には馬頭観音像が彫られ、さらにその下には万葉仮名で、
『かみつけぬ佐野の舟橋とりはなし 親はさくれどわはさかるがへ』
と歌が刻まれている。
 現代語訳すれば、「上野佐野の舟橋を取り放すように、親は私たちの間を遠ざけるけれど、私はあなたから離れません」という意味になる。
 この碑は、高崎市あら町にある延養寺の良翁(りょうおう)という住職が、文政10年(1827)に、無念にさまよう怨霊を慰めるために建てたのだという。ちなみに船木観音の船木とは、橋をつないだ大樹のことで、昔はここから見下ろした佐野窪の田んぼの中に石仏があり、そこが橋のたもとだったと伝えられている。舟橋とは、大水が出ても流されないように舟を一列に浮かべて、その上に板をのせた橋脚のない橋のことである。
 その舟橋は、どこにあったのだろうか? 西光寺の高台から烏川に向かって歩くことにした。

*許されぬ悲しい恋物語の結末
 昔、烏川をはさんで東の佐野に「朝日の長者」、西の片岡に「夕日の長者」と呼ばれる屋敷があった。朝日の長者・飯野主馬には那美という美しい娘が、夕日の長者・片岡民部には小次郎という息子がいた。
 ある春の日のこと、那美は侍女をお供に、野に摘み草に出た。小次郎も陽気にさそわれて舟橋を渡りやって来た。那美の美しさに小次郎は、ひと目で心を奪われてしまい、那美も小次郎の若衆ぶりに頬を染め、二人は一瞬にして恋に落ちてしまった。
 その日の夜から、二人は屋敷をこっそりと抜け出し、舟橋で忍び会うようになる。けれどその逢瀬はいつまでも隠し通せるわけがなく、やがて親に知られてしまうことに。互いに富を競い合う長者たちの怒りはすさまじく、「二度と会ってはならぬ」と那美も小次郎も屋敷に閉じ込められてしまった。
 ある夜のこと、必死の思いで屋敷を抜け出した那美は、小次郎会いたさに烏川の舟橋を目指して走った。時を同じくして小次郎も舟橋へやって来た。「お那美!」「小次郎さま!」互いの名を呼び合いながら駆け寄る二人。
 ところが二人の逢瀬を邪魔するために、舟橋の橋板がはずされていた。真っ暗な夜のこと、何も知らない二人は……。翌朝、しっかりと抱き合ったままの姿で、二人の遺体が川下からあがったという。

*どちらの長者が橋板をはずしたのか?
 烏川の河岸に立ち、河川敷を見下ろす。車両は通れない簡易な橋が架かっている。佐野橋である。昨年の台風災害で破損したため、現在は修復工事中で通行止めとなっていた。舟橋は、この橋よりも少し上流にあったといわれている。
 さて、この民話にはいくつかの疑問点がある。いったい誰が橋板をはずしたのか? 一般的なストーリーは、「親の知るところとなり」「どちらの親の計らいかはしらないが」と断定はしていない。しかし、いくつかの文献には「女の両親」または「女の母親」との記述がある。逆に「男の」という話は見当たらない。ということで、これは朝日の長者側が仕向けた策略と考えてよさそうだ。
 では、川に落ちたのは那美と小次郎、どちらが先だったのか? 物語的には、一般的に伝わる「二人抱き合ったまま」の方が感動的だが、暗闇のなか、そんなに都合のよい偶然が起きるだろうか。ここの部分の諸説は、「男が落ちて女があとを追う」ものと「女が落ちて男があとを追う」ものに真っ二つに分かれている。では、真実は? 女の親が仕掛けた罠だとすれば、娘が落ちる確率の高い佐野側の橋板をはずすことはないだろう。「橋のまん中の橋板がはずされていた」という話もあるが、これはどうも「二人抱き合ったまま」というオチに合わせた創話のように思える。ならば、残る答えは一つ! 那美の親は、小次郎だけを川に落とすために、片岡側の橋板をはずしておいたのだ。


*烏川は平成の世もとうとうと流れ
 朝日の長者の誤算は、二人が同時に舟橋にやって来たことだった。もし少しでも那美の方が遅ければ、川に落ちた小次郎には気づかなかったはずである。那美は橋のたもとで、自分の名を呼ぶ小次郎の声を聞いて、橋を渡りだす。だが突然、目の前で小次郎の姿が消えてしまった。そこで、はずされた橋板を見て、那美はすべてをさとってしまう。
『親はさくれどわはさかるがへ』
 身をひるがえすと、小次郎のあとを追って川へ飛び込んでしまった。
 なんとも悲しい恋の結末である。まさに高崎版ロミオとジュリエットといえよう。互いに富と権力を競い合う長者たち。ならぬ恋と知りながらも愛し合う男と女。反対されればされるほど、結びつきたがるのが男女の常である。その後、両長者たちは自分たちの愚かさを悔い改め、和解することができたのだろうか。
 佐野橋のたもとで、人知れずそんなことを考えていた。烏川は平成の今も、とうとうと流れている。 
(フリーライター/小暮 淳)

<参考文献>
  • 「ふるさとの民話」(あかぎ出版)
  • 「高崎のむかしばなし」(高崎市)
  • 「上毛野昔話 西毛編」(みやま文庫)
  • 「群馬の歴史と伝説民話」(群馬歴史散歩の会)
  • 「徐徐漂たかさき」(あさを社)ほか

  • Posted by ちいきしんぶん at 11:30 │2008年・特集記事