2008年01月10日
伝統工芸の継承と一層の活力をー「高崎だるま」
ちいきしんぶん2008/1/11号掲載
伝統工芸の継承と一層の活力をー
高崎だるまの「地域ブランド」とは。 群馬県達磨製造協同組合
高崎少林山達磨寺の九代住職、東嶽和尚の発案によるとされる「高崎だるま」は、200年以上の歴史を持つ。日本一の生産量を誇り、新年の風物詩「だるま市」は県内のみならず、遠方から訪れる人も多い。今や「だるまといえば高崎市」と、全国に名をとどろかせている。
もちろん、それほど有名な高崎だるまも作る人がいなければ始まらない。達磨寺門前の豊岡・八幡周辺地区を製造の中心地に、脈々とその伝統は受け継がれてきた。そして今後の一層の活性化と、永く継承され続けるために、群馬県達磨製造協同組合はさまざまな取り組みを模索している。
伝統工芸の継承と一層の活力をー高崎だるまの「地域ブランド」とは。 群馬県達磨製造協同組合
高崎少林山達磨寺の九代住職、東嶽和尚の発案によるとされる「高崎だるま」は、200年以上の歴史を持つ。日本一の生産量を誇り、新年の風物詩「だるま市」は県内のみならず、遠方から訪れる人も多い。今や「だるまといえば高崎市」と、全国に名をとどろかせている。
もちろん、それほど有名な高崎だるまも作る人がいなければ始まらない。達磨寺門前の豊岡・八幡周辺地区を製造の中心地に、脈々とその伝統は受け継がれてきた。そして今後の一層の活性化と、永く継承され続けるために、群馬県達磨製造協同組合はさまざまな取り組みを模索している。
●高崎だるまを〈地域ブランド〉化
平成18年10月、群馬県で第一号認定となる、高崎だるまの「地域ブランド」を取得した。地域ブランドとは、特許庁の商標法により、一般の産品と地域産品の差別化を図りたいときに、事業組合等が出願できる「商標」のこと。これにより、地域の特産品であるという輪郭をハッキリさせ、類似品を排除するなど、事業者の保護も含め地域の活性化を目指すものである。
豊岡・八幡地区を中心に点在する、高崎だるま製造業者で構成される「群馬県達磨製造協同組合」が、地域ブランド認定を受けたことはどんな意味があるのだろう。組合長の中田純一さんに話を伺った。
「認定されたから、すぐに何かが変わるというものではないんです。ただ、そうした行動を起こすことで組織の結束力や、レベルアップにつながればいいと思うし、だるま作りに誇りを持ってもらいたいですよね。だるまは単なる商品ではなく、作る側、買う側の文化であり風習なんです。地域貢献とは言うけれど、高崎のために、群馬のためになんて大風呂敷を広げるつもりもありません。組合員が自信を持って、どんどん外にアピールすることが第一です」
ブランド化したと言っても、実は、中田さんの胸中では、どのように利用し、どう展開していくべきなのか、ハッキリとした答えは出ていない。続々と登場するオリジナルだるまのように、組合員の独自の活動を阻んではいけないし、伝統工芸としての品格を守りたいとの思いが交錯しているのだ。
「基本がぶれなければいいと思うんです。高崎だるまは長い歴史の中で、『技術・技法・原材料』だけはかたくなに守り続けています。かつて好景気の時代、発泡スチロールやプラスチックの型を売り込みにきた業者もいたというけれど、我々のご先祖様はそっちに流されなかった。技術は型に紙で貼っていくこと(張り子)、技法は筆を使って顔を描くこと、原材料は紙だけれども、それ、変わっていないんですよ。ローテクの最たるものかもしれないな(笑)」
●後継者に門戸を開く
昔、だるま作りは同地域の養蚕農家で秋冬の農閑期に家内職として行われていた。だから、家々によってだるまさんの顔つきも違う。それは現在、受け継がれている製造業者にも言えることで、穏やかに見えるのもあれば、勇ましい表情のものもある。
基本は、全身にまとった赤い法衣、グッと見開いた目、きりっと引き締めた口元。大きな眉は「鶴」、両頬のヒゲは亀を表している。縁起だるまと称され
る所以である。強さの中に優しさを含んだ高崎だるまが愛され続けている理由がわかろうというものだ。
「作る側、買う側の文化とさっき言ったけれども、受け継がれてきたからこそあるもので、今度は後世に残していかなければならないわけです。たとえば自分の息子が継いでくれないから、この
商売は自分の代でおしまいなんて言ってほしくない。興味がある人がいたら、どんどん技術を教えますよ、どんどんこの世界に飛び込んできてくださいと言いたいですね。昔の徒弟制度みたいなものは、今の時代には通用しません。
それより高崎だるまを残していきたいじゃないですか」
中田さんが手にした昔の文献に、明治時代に黄色いだるまを作った人がいたとあった。中田さんは「この時代に、なんてバカなヤツが」と思った反面、「すごいチャレンジ精神だな」と感心したという。
今では風水だるまや、Jリーグだるま、エコだるまにオーケストラだるまなど、さまざまなバリエーションが人気を博している。古典を守りながらも進取の気質に富んだ、高崎人ならではの発想力。
しかしだるまさんの見た目が変わっても、根っこには『願いが叶いますように』といった信仰の気持ちがあるはず。
地元のブランド「高崎だるま」は、市民にとっても自慢できる存在である。
ぜひ、少林山達磨寺の「だるま市」をはじめ(残念ながら今年は終了)、各地の初市などで、家族の健康、家内安全のために「高崎だるま」を買い求めてみよう。
■取材協力/だるまのふるさと大門屋

平成18年10月、群馬県で第一号認定となる、高崎だるまの「地域ブランド」を取得した。地域ブランドとは、特許庁の商標法により、一般の産品と地域産品の差別化を図りたいときに、事業組合等が出願できる「商標」のこと。これにより、地域の特産品であるという輪郭をハッキリさせ、類似品を排除するなど、事業者の保護も含め地域の活性化を目指すものである。豊岡・八幡地区を中心に点在する、高崎だるま製造業者で構成される「群馬県達磨製造協同組合」が、地域ブランド認定を受けたことはどんな意味があるのだろう。組合長の中田純一さんに話を伺った。
「認定されたから、すぐに何かが変わるというものではないんです。ただ、そうした行動を起こすことで組織の結束力や、レベルアップにつながればいいと思うし、だるま作りに誇りを持ってもらいたいですよね。だるまは単なる商品ではなく、作る側、買う側の文化であり風習なんです。地域貢献とは言うけれど、高崎のために、群馬のためになんて大風呂敷を広げるつもりもありません。組合員が自信を持って、どんどん外にアピールすることが第一です」
ブランド化したと言っても、実は、中田さんの胸中では、どのように利用し、どう展開していくべきなのか、ハッキリとした答えは出ていない。続々と登場するオリジナルだるまのように、組合員の独自の活動を阻んではいけないし、伝統工芸としての品格を守りたいとの思いが交錯しているのだ。
「基本がぶれなければいいと思うんです。高崎だるまは長い歴史の中で、『技術・技法・原材料』だけはかたくなに守り続けています。かつて好景気の時代、発泡スチロールやプラスチックの型を売り込みにきた業者もいたというけれど、我々のご先祖様はそっちに流されなかった。技術は型に紙で貼っていくこと(張り子)、技法は筆を使って顔を描くこと、原材料は紙だけれども、それ、変わっていないんですよ。ローテクの最たるものかもしれないな(笑)」
●後継者に門戸を開く
昔、だるま作りは同地域の養蚕農家で秋冬の農閑期に家内職として行われていた。だから、家々によってだるまさんの顔つきも違う。それは現在、受け継がれている製造業者にも言えることで、穏やかに見えるのもあれば、勇ましい表情のものもある。基本は、全身にまとった赤い法衣、グッと見開いた目、きりっと引き締めた口元。大きな眉は「鶴」、両頬のヒゲは亀を表している。縁起だるまと称され
る所以である。強さの中に優しさを含んだ高崎だるまが愛され続けている理由がわかろうというものだ。「作る側、買う側の文化とさっき言ったけれども、受け継がれてきたからこそあるもので、今度は後世に残していかなければならないわけです。たとえば自分の息子が継いでくれないから、この
商売は自分の代でおしまいなんて言ってほしくない。興味がある人がいたら、どんどん技術を教えますよ、どんどんこの世界に飛び込んできてくださいと言いたいですね。昔の徒弟制度みたいなものは、今の時代には通用しません。それより高崎だるまを残していきたいじゃないですか」
中田さんが手にした昔の文献に、明治時代に黄色いだるまを作った人がいたとあった。中田さんは「この時代に、なんてバカなヤツが」と思った反面、「すごいチャレンジ精神だな」と感心したという。
今では風水だるまや、Jリーグだるま、エコだるまにオーケストラだるまなど、さまざまなバリエーションが人気を博している。古典を守りながらも進取の気質に富んだ、高崎人ならではの発想力。
しかしだるまさんの見た目が変わっても、根っこには『願いが叶いますように』といった信仰の気持ちがあるはず。
地元のブランド「高崎だるま」は、市民にとっても自慢できる存在である。
ぜひ、少林山達磨寺の「だるま市」をはじめ(残念ながら今年は終了)、各地の初市などで、家族の健康、家内安全のために「高崎だるま」を買い求めてみよう。
■取材協力/だるまのふるさと大門屋

Posted by ちいきしんぶん at 12:19
│2008年・特集記事

