2008年11月20日
公共交通機関で里山をゆくvol.12荒神山(こうじんやま)
2008/11/21号ちいきしんぶん掲載
「荒神山(こうじんやま)」標高624m(桐生市・みどり市)
駅から手軽に登れる神話の山

駅から手軽に登れる神話の山温泉のある駅として知られる、わたらせ渓谷鐵道「水沼駅」に降り立つと、背後になだらかな曲線を描くやさしい表情をした里山が迎えてくれる。深まる秋の景色を楽しみながら、ゆっくりと歩きたいハイキングコースだ。
「荒神山(こうじんやま)」標高624m(桐生市・みどり市)
駅から手軽に登れる神話の山

駅から手軽に登れる神話の山温泉のある駅として知られる、わたらせ渓谷鐵道「水沼駅」に降り立つと、背後になだらかな曲線を描くやさしい表情をした里山が迎えてくれる。深まる秋の景色を楽しみながら、ゆっくりと歩きたいハイキングコースだ。
▲人気のローカル線に乗って
平日だというのに、始発の桐生駅からすでに車内は満員だ。さすが雑誌やテレビの旅番組に頻繁に登場する人気のローカル線である。見渡せば、すべて中高年ばかり。向かいの婦人グループは、「どこへ行くという目的もなく、紅葉を見に乗り込んだ」という。この時期(11月)は、名物のトロッコ列車も1日1往復(木曜運休)運行している。
水沼駅までは、約30分の乗車。温泉センターが併設されているため、一見駅舎は立派に見えるが、実はホームだけの無人駅である。下山後のひと風呂を楽しみに、秋晴れの青空の下、意気揚々と歩き出した。
ホーム脇の踏切から、平成13年に完成した「くろほね大橋」を渡れば、登山口までの道程はかなり短縮されるが、そちらのコースは復路に利用するとして、まずは駅前の信号を右へ国道沿いに歩き出した。しばらくすると「荒神山展望台」の道標がある。右に下り、渡良瀬川を渡る。
真っ赤な欄干が渓谷に映える「五月橋」の上からの眺めは絶景だ。濃緑色のゆるやかな流れが、まるで湖沼のように美しい。
▲神が荒れる山の不思議な話
道標にしたがい、2つ目の分岐を200mほど行ったところに「遊歩道入口」の標識がある。登山口は2ヵ所あり、どちらから登ってもかまわないが、こちらは急登が続くので、下山に利用することにした。駅から歩き出して約50分、駐車場のあるもう一つの登山口に着いた。
舗装された林道を登ること約20分、荒神山随一のビュースポット、展望台に到着。西側の眺望が素晴らしい。赤城山から栗生山、袈裟丸山まで、視界に納まりきらない大パノラマは、ため息をつくほど。双眼鏡を取り出して、しばし眺望を楽しんだ。
山頂広場には神社が祀られていた。小さな社があるだけだが、果物が供えられている。信仰の山として、いまでも参拝者が訪れている証拠だ。この山には、こんな不思議な話が伝えられている。
今から40年ほど前のこと。荒神山のふもとの村が出身で、東京で暮らしていた人の息子が、あるとき原因不明の高熱を出して寝込んでしまった。医者に診てもらっても治らないため、祈祷師に相談すると「荒神山に祀られている神様が、逆さになっている」と言われた。すぐに荒神山に登り、神様を見てみると、本当に逆さまになっていたという。
神様を元通りに直して、お参りをして帰ると、息子の熱は下がっていたとのことだ。
▲登った山を眺めながら入浴
三角点のある山頂へは、広場からほんのひと登り。山名板が立っているが、うっ蒼とした木々に囲まれていて、展望はない。少し先の尾根まで歩くと、日当たりの良いなだらかな斜面があったので、そこで昼食にした。
このシリーズも「ぶらり水紀行」も合わせると、ちょうど丸2年になる。同行のカメラマンY氏とは、毎回いい汗をかいて、温泉で汗を流し、その都度下山祝いと称して祝杯をあげている。ところが、下山を待てないのが酒好きの悲しいサガである。たいがいは登頂の時点で、どちらかが酒を持ち出す。前回は僕の誕生日ということもあり、Y氏が冷酒を持参してくれた。ならば今回は僕からのお返しである。とかなんとか理由をつけて、軽く始まってしまうのが常である。
とは言っても山は上りより、下りの方が危険度が高い。低山でも油断は禁物である。乾杯程度できりあげて、復路につくことにした。
広場から西へ下りる遊歩道に入る。ご丁寧にも「帰り道」の道標が立っている。いきなり急勾配となる。くねくねとつづら折りに下るが、かなりの傾斜だ。コース右側には、危険防止の柵がつづいている。あえて「帰り道」と出ていたのにも納得である。低山とはいえ、駅から山頂までの標高差は約400mあるのだ。往路だったら、かなりキツかったと思う。車道へたどり着くころには、見事にヒザが笑っていた。
帰りは「くろほね大橋」を渡り、そのまま駅の中の温泉「せせらぎの湯」へ直行! 湯舟の中から、お椀を伏せたようになだらかな曲線を描く荒神山が見える。ついさっきまで、あの山の頂にいたのだ。登ってきた山を眺めながら温泉に入れるなんて、なんと至福なことか。そして、湯あがりの一杯……。これだから公共交通機関で行く山登りは、やめられない。(フリーライター/小暮 淳)

平日だというのに、始発の桐生駅からすでに車内は満員だ。さすが雑誌やテレビの旅番組に頻繁に登場する人気のローカル線である。見渡せば、すべて中高年ばかり。向かいの婦人グループは、「どこへ行くという目的もなく、紅葉を見に乗り込んだ」という。この時期(11月)は、名物のトロッコ列車も1日1往復(木曜運休)運行している。水沼駅までは、約30分の乗車。温泉センターが併設されているため、一見駅舎は立派に見えるが、実はホームだけの無人駅である。下山後のひと風呂を楽しみに、秋晴れの青空の下、意気揚々と歩き出した。
ホーム脇の踏切から、平成13年に完成した「くろほね大橋」を渡れば、登山口までの道程はかなり短縮されるが、そちらのコースは復路に利用するとして、まずは駅前の信号を右へ国道沿いに歩き出した。しばらくすると「荒神山展望台」の道標がある。右に下り、渡良瀬川を渡る。
真っ赤な欄干が渓谷に映える「五月橋」の上からの眺めは絶景だ。濃緑色のゆるやかな流れが、まるで湖沼のように美しい。
▲神が荒れる山の不思議な話
道標にしたがい、2つ目の分岐を200mほど行ったところに「遊歩道入口」の標識がある。登山口は2ヵ所あり、どちらから登ってもかまわないが、こちらは急登が続くので、下山に利用することにした。駅から歩き出して約50分、駐車場のあるもう一つの登山口に着いた。舗装された林道を登ること約20分、荒神山随一のビュースポット、展望台に到着。西側の眺望が素晴らしい。赤城山から栗生山、袈裟丸山まで、視界に納まりきらない大パノラマは、ため息をつくほど。双眼鏡を取り出して、しばし眺望を楽しんだ。
山頂広場には神社が祀られていた。小さな社があるだけだが、果物が供えられている。信仰の山として、いまでも参拝者が訪れている証拠だ。この山には、こんな不思議な話が伝えられている。今から40年ほど前のこと。荒神山のふもとの村が出身で、東京で暮らしていた人の息子が、あるとき原因不明の高熱を出して寝込んでしまった。医者に診てもらっても治らないため、祈祷師に相談すると「荒神山に祀られている神様が、逆さになっている」と言われた。すぐに荒神山に登り、神様を見てみると、本当に逆さまになっていたという。
神様を元通りに直して、お参りをして帰ると、息子の熱は下がっていたとのことだ。
▲登った山を眺めながら入浴
三角点のある山頂へは、広場からほんのひと登り。山名板が立っているが、うっ蒼とした木々に囲まれていて、展望はない。少し先の尾根まで歩くと、日当たりの良いなだらかな斜面があったので、そこで昼食にした。
このシリーズも「ぶらり水紀行」も合わせると、ちょうど丸2年になる。同行のカメラマンY氏とは、毎回いい汗をかいて、温泉で汗を流し、その都度下山祝いと称して祝杯をあげている。ところが、下山を待てないのが酒好きの悲しいサガである。たいがいは登頂の時点で、どちらかが酒を持ち出す。前回は僕の誕生日ということもあり、Y氏が冷酒を持参してくれた。ならば今回は僕からのお返しである。とかなんとか理由をつけて、軽く始まってしまうのが常である。
とは言っても山は上りより、下りの方が危険度が高い。低山でも油断は禁物である。乾杯程度できりあげて、復路につくことにした。
広場から西へ下りる遊歩道に入る。ご丁寧にも「帰り道」の道標が立っている。いきなり急勾配となる。くねくねとつづら折りに下るが、かなりの傾斜だ。コース右側には、危険防止の柵がつづいている。あえて「帰り道」と出ていたのにも納得である。低山とはいえ、駅から山頂までの標高差は約400mあるのだ。往路だったら、かなりキツかったと思う。車道へたどり着くころには、見事にヒザが笑っていた。
帰りは「くろほね大橋」を渡り、そのまま駅の中の温泉「せせらぎの湯」へ直行! 湯舟の中から、お椀を伏せたようになだらかな曲線を描く荒神山が見える。ついさっきまで、あの山の頂にいたのだ。登ってきた山を眺めながら温泉に入れるなんて、なんと至福なことか。そして、湯あがりの一杯……。これだから公共交通機関で行く山登りは、やめられない。(フリーライター/小暮 淳)

Posted by ちいきしんぶん at 11:40
│公共交通機関で里山をゆく

