2008年06月04日
シリーズⅠV民話と伝説の舞台「むし歯の神様」
2008/6/6号ちいきしんぶん掲載
シリーズⅠV 民話と伝説の舞台「むし歯の神様」
歯が痛い!医者で治す?願をかける?
昔々、そのまた昔、まだそんなに医学が発達していなかった時代のこと。市井の人たちは病気になると、信仰にすがって治した。もっとも身近な病、むし歯には専門の神様がいた。今も残る、かつての民間信仰の舞台を訪ねた。
■自ら生き仏となって人々を救った和尚
高崎市浜尻町の住宅街のなかに、こんもりと緑におおわれた前方後円墳がある。この天王山古墳の西南の端に昔、大乗院という小さな隠居寺があった。何代目かの和尚は長いこと、歯痛に悩まされていた。現代なら歯医者へ行けば、すぐに治療ができるだろうが、200年も前のことだ。和尚はワラにでもすがる思いで、ありとあらゆる薬草や加持祈祷をためしたが、一向に歯痛は治らなかった。
「世の中には同じように歯痛で苦しむ人も多かろう。この上は、この身をささげて仏の加護にすがり、歯痛に悩む多くの人を救おう」と、和尚は自らをいけにえとして生き埋めになり、即神仏になったという。和尚の徳をしたう人々は冥福を祈り、ひつぎの上に石塔を建てた。以来、歯の痛む人がこの塔を祈ると、たちどころに痛みが治まったといわれている。
今も古墳の隅の墓地に、歴代住職の墓が並んでいる。その中にたった一つ、被葬者の名が刻まれていない墓石がある。「方圓塔」とだけ刻まれた塔の上部には、赤褐色のシミのようなものが見える。これは和尚の尊い血潮がにじみ出たものと信じられ、永く昭和の時代まで人々の信仰を集めていたという。
シリーズⅠV 民話と伝説の舞台「むし歯の神様」
歯が痛い!医者で治す?願をかける?
昔々、そのまた昔、まだそんなに医学が発達していなかった時代のこと。市井の人たちは病気になると、信仰にすがって治した。もっとも身近な病、むし歯には専門の神様がいた。今も残る、かつての民間信仰の舞台を訪ねた。
■自ら生き仏となって人々を救った和尚
高崎市浜尻町の住宅街のなかに、こんもりと緑におおわれた前方後円墳がある。この天王山古墳の西南の端に昔、大乗院という小さな隠居寺があった。何代目かの和尚は長いこと、歯痛に悩まされていた。現代なら歯医者へ行けば、すぐに治療ができるだろうが、200年も前のことだ。和尚はワラにでもすがる思いで、ありとあらゆる薬草や加持祈祷をためしたが、一向に歯痛は治らなかった。「世の中には同じように歯痛で苦しむ人も多かろう。この上は、この身をささげて仏の加護にすがり、歯痛に悩む多くの人を救おう」と、和尚は自らをいけにえとして生き埋めになり、即神仏になったという。和尚の徳をしたう人々は冥福を祈り、ひつぎの上に石塔を建てた。以来、歯の痛む人がこの塔を祈ると、たちどころに痛みが治まったといわれている。
今も古墳の隅の墓地に、歴代住職の墓が並んでいる。その中にたった一つ、被葬者の名が刻まれていない墓石がある。「方圓塔」とだけ刻まれた塔の上部には、赤褐色のシミのようなものが見える。これは和尚の尊い血潮がにじみ出たものと信じられ、永く昭和の時代まで人々の信仰を集めていたという。
■像姿からむし歯の神様にされた観音様
つくづく、昔はさぞ歯痛で悩む人が多かったのだろうと思わせる石仏がある。高崎市綿貫町にある如意輪観音像が、それだ。如意輪観音とは、安産や子宝を授ける仏様である。ところが、この観音像の姿が歯痛にほほを手で押さえているように見えることから、本来の目的とはまったく別に「むし歯の神様」として信仰されてきたという変わった経緯を持っている。
県道前橋長瀞線沿いに、池田家の墓地がある。その近くに、ひっそりと今も如意輪観音は、たたずんでいる。石物には「文化四年四月」と刻まれているから、今から約200年ほど前のものだ。右手を右ほほにあて、首をかしげて考え事をしている姿は、見ようによっては確かに歯痛をこらえている姿に見える。今でも信仰されているのか、まわりは清掃され、花が供えられていた。
「今では願をかける人はいませんが、むし歯の神様だとは聞いています。先祖が大事にしてきたものですから、掃除だけはしていますけど」と話してくれたのは、地主の池田久幸さん。池田家ではその昔、むし歯で苦しんで亡くなった女性のために、供養碑として建立したものだと言い伝えられている。
よく見れば、なんとも柔和な顔している観音様である。歯痛とは無縁の表情ではあるが、それが逆に歯痛で苦しむ者の救いとなったのだろう。
■土を一升盛ると歯痛が治るゴロゴロ山

高崎市矢中町、田畑と宅地に囲まれた市道に面して、古墳のような小山がある。車で通ったら見過ごしてしまいそうな風景だが、山のてっぺんには形のよい大きな木が一本生えている。近くで畑仕事をしていた男性に話を聞くと「樹齢200年以上になるアカムクの木だ」と教えてくれた。
太い幹は中が空洞になっていて、枝は鉄柱で支えられていた。「昔、この木に雷が落ちて、幹が裂けてしまった。以来、この山はゴロゴロ山と呼ばれている」とのことだ。幹を覗き込むと、確かに焼けた跡のようにすすけているが、枝葉はみずみずしいほどに青々と生い茂っている。
巨木の脇に、お宮の形をした小さな墓石が立っている。これが、むし歯の神様だという。その昔、歯の病で死んだ巡礼の墓といわれ、村人たちは歯が痛むと、ここに土を一升持ってお参りをした。すると、痛みが治まったと言われている。その土が、この山を造ったのだとすれば、さぞかしたくさんの人々が願をかけに訪れたことになる。
医学が発達した現代では、むし歯くらいで願をかける人はいない。でも、こうやって今でもむし歯の神様が存在し、先人たちが一心に信仰したという事実を「迷信」の一言で附するわけにはいかない。「イワシの頭も信心から」である。治療は医者にまかせるとして、せめてむし歯の予防に手を合わせてみてはいかがだろうか。なんだかとっても霊験あらたかな神様たちである。
(フリーライター/小暮 淳)
〈参考文献〉
Posted by ちいきしんぶん at 10:54
│2008年・特集記事

