2007年08月09日
桃太郎が生まれた赤い桃
ちいきしんぶん2007/08/10号掲載
謎学の旅/桃の元祖「天津」

桃太郎が生まれた赤い桃桃太郎が生まれた桃の形を、覚えていますか?
赤くて大きくて、ツンと先がとがった桃です。でも、私たちが食べている桃は、ピンク色した丸い桃ですよね。不思議に思って探してみると……なんと、とっても身近なところにあったのです。
謎学の旅/桃の元祖「天津」

桃太郎が生まれた赤い桃桃太郎が生まれた桃の形を、覚えていますか?
赤くて大きくて、ツンと先がとがった桃です。でも、私たちが食べている桃は、ピンク色した丸い桃ですよね。不思議に思って探してみると……なんと、とっても身近なところにあったのです。
◎日本の昔話と中国の果実
ある日のこと。何気なく中華レストランの看板に描かれた桃の絵を眺めていた。
「桃って、あんな形をしていたっけ?」
そういえば、中華菓子の桃饅頭は、頭がツンととがっていたな。中国の桃は、日本の桃と形が違うのだろうか? あれ、待てよ。昔、絵本で読んだ桃太郎の話——。おばあさんが川で拾って来た桃も、確か先がとがっていた。
日本の昔話と中国の果物、何か関係があるのだろうか? これが謎学の旅の始まりだった。
某年某月、でも季節は夏。中之条町の農産物直売所で、偶然に、その桃と出会った。「これだ!」とばかりに、小躍りしながら買って帰った。
ふつうの桃に比べると、外見は赤くて硬い。そして何より、頭がツンととがっている。桃太郎のおばあさんよろしく、包丁でパカンと割ると、中は予想と反して真っ赤っか。血がしたたるように真紅の果汁が流れ出た。口にふくむと、ややかためで、甘みよりも酸味の方が強い。品種改良された糖度の高い桃を食べ慣れている現代人には、生食するには抵抗があるかもしれない。でも、素朴な風味が口いっぱいに広がって、「これが本当の桃の味なのかも」と思えた。そういえば、トマトもミカンもリンゴもトウモロコシも、みんな昔は今のように甘くなかったことを、そのとき思い出した。
◎市場から消えた桃の元祖
県道10号線で八幡霊園のある丘陵を上り出すと、途端に桃、桃、桃……の看板をかかげる露店が立ち並ぶ。店頭には、クリーム色の肌をほんのりピンク色に染めた、丸い桃の姿が目に入る。今が旬だ。
桃は果肉の色から、白肉桃と黄肉桃に大別される。白肉種は果肉が軟らかくて甘くて多汁で、生食にも加工用にも用いられる。黄肉桃は、主に缶詰加工用である。今、全国のスーパーや果物店で一番売られているのが、白肉桃の改良種「白鳳(はくほう)」だ。他の種類に比べると、赤みはさしているものの、やはり先はとがっていない。
これから僕が再会しようとしている桃は、もちろん白鳳ではない。その桃の名は、天津(てんしん)。
高崎市若田町——。こんなにも身近なところで、桃の元祖・天津に会えるなんて。
「戦前は、どこも天津を作っていたんだよ。先がとがった桃は、珍しくはなかった。戦後になって、甘い桃がたくさん品種改良されたから、酸味のある天津は自然と市場から消えて行ったんだね」と、代々この地で果樹園を営んでいる清水久丸さん。
天津は、中国の揚子江から北部に分布する品種。日本には明治初期に導入され、岡山で栽培が始まった。一時は、高級品として人気を集めたこともあったという。
「20年くらい前に『シャーベットにしたい』という業者がいて、また天津を作りだした。この赤い色が欲しいらしいんだ。今でも作っているが、数が少ないので出荷はしていない。地元の直売所に並べているだけ。でも好きな人は、この味が好きなんだね。桃本来の独特な酸味を求める、根強いファンがいる」
そう言って清水さんは、奥さん手作りの天津桃のジャムをご馳走してくれた。真っ赤なジャムは口にふくむと、野イチゴにも似た甘酸っぱい味がした。
◎なぜ桃から生まれたのか
清水さんの畑になっていた、中まで真っ赤なハート形の実。疑うこともなく、桃太郎が生まれた桃の形である。
この天津が、桃太郎の話に出てくる桃ならば、描かれたのは明治以降ということになる。日本の昔話に、なぜ中国の果物が描かれたのだろうか?
「この辺は昔から桃の産地だったようだよ。そこの観音塚古墳からも、桃の種が出てきたというしね」と言った清水さんの言葉に、どうも謎を解くカギがありそうだ。実際、全国の遺跡から桃の種が出土している。縄文時代末期には、すでに桃は食べられていたようだ。古事記や万葉集にも桃は登場している。推測するに、海外品種が導入され栽培されたのが明治時代ということで、桃自体は以前から日本にあったということになる。ということは、桃太郎の桃は中国の天津桃ではなく、日本原産の大和桃だったと言えるだろう。そして、その桃は、先がツンととがっていたのではないか。
「西遊記」の中で孫悟空は、天界の桃園で桃を盗み食いし、不老不死の命を得る。
中国では桃は”邪気を払い、子孫繁栄をもたらす“と考えられている果物である。桃から生まれ、鬼退治をした桃太郎は、まさにこの桃の持つ力を描いた話だったのだ。
たった一つの桃が、壮大なスケールの謎学の旅にいざなってくれた。(フリーライター/小暮 淳)
ある日のこと。何気なく中華レストランの看板に描かれた桃の絵を眺めていた。「桃って、あんな形をしていたっけ?」
そういえば、中華菓子の桃饅頭は、頭がツンととがっていたな。中国の桃は、日本の桃と形が違うのだろうか? あれ、待てよ。昔、絵本で読んだ桃太郎の話——。おばあさんが川で拾って来た桃も、確か先がとがっていた。
日本の昔話と中国の果物、何か関係があるのだろうか? これが謎学の旅の始まりだった。
某年某月、でも季節は夏。中之条町の農産物直売所で、偶然に、その桃と出会った。「これだ!」とばかりに、小躍りしながら買って帰った。
ふつうの桃に比べると、外見は赤くて硬い。そして何より、頭がツンととがっている。桃太郎のおばあさんよろしく、包丁でパカンと割ると、中は予想と反して真っ赤っか。血がしたたるように真紅の果汁が流れ出た。口にふくむと、ややかためで、甘みよりも酸味の方が強い。品種改良された糖度の高い桃を食べ慣れている現代人には、生食するには抵抗があるかもしれない。でも、素朴な風味が口いっぱいに広がって、「これが本当の桃の味なのかも」と思えた。そういえば、トマトもミカンもリンゴもトウモロコシも、みんな昔は今のように甘くなかったことを、そのとき思い出した。
◎市場から消えた桃の元祖
県道10号線で八幡霊園のある丘陵を上り出すと、途端に桃、桃、桃……の看板をかかげる露店が立ち並ぶ。店頭には、クリーム色の肌をほんのりピンク色に染めた、丸い桃の姿が目に入る。今が旬だ。桃は果肉の色から、白肉桃と黄肉桃に大別される。白肉種は果肉が軟らかくて甘くて多汁で、生食にも加工用にも用いられる。黄肉桃は、主に缶詰加工用である。今、全国のスーパーや果物店で一番売られているのが、白肉桃の改良種「白鳳(はくほう)」だ。他の種類に比べると、赤みはさしているものの、やはり先はとがっていない。
これから僕が再会しようとしている桃は、もちろん白鳳ではない。その桃の名は、天津(てんしん)。
高崎市若田町——。こんなにも身近なところで、桃の元祖・天津に会えるなんて。
「戦前は、どこも天津を作っていたんだよ。先がとがった桃は、珍しくはなかった。戦後になって、甘い桃がたくさん品種改良されたから、酸味のある天津は自然と市場から消えて行ったんだね」と、代々この地で果樹園を営んでいる清水久丸さん。
天津は、中国の揚子江から北部に分布する品種。日本には明治初期に導入され、岡山で栽培が始まった。一時は、高級品として人気を集めたこともあったという。
「20年くらい前に『シャーベットにしたい』という業者がいて、また天津を作りだした。この赤い色が欲しいらしいんだ。今でも作っているが、数が少ないので出荷はしていない。地元の直売所に並べているだけ。でも好きな人は、この味が好きなんだね。桃本来の独特な酸味を求める、根強いファンがいる」
そう言って清水さんは、奥さん手作りの天津桃のジャムをご馳走してくれた。真っ赤なジャムは口にふくむと、野イチゴにも似た甘酸っぱい味がした。
◎なぜ桃から生まれたのか
清水さんの畑になっていた、中まで真っ赤なハート形の実。疑うこともなく、桃太郎が生まれた桃の形である。この天津が、桃太郎の話に出てくる桃ならば、描かれたのは明治以降ということになる。日本の昔話に、なぜ中国の果物が描かれたのだろうか?
「この辺は昔から桃の産地だったようだよ。そこの観音塚古墳からも、桃の種が出てきたというしね」と言った清水さんの言葉に、どうも謎を解くカギがありそうだ。実際、全国の遺跡から桃の種が出土している。縄文時代末期には、すでに桃は食べられていたようだ。古事記や万葉集にも桃は登場している。推測するに、海外品種が導入され栽培されたのが明治時代ということで、桃自体は以前から日本にあったということになる。ということは、桃太郎の桃は中国の天津桃ではなく、日本原産の大和桃だったと言えるだろう。そして、その桃は、先がツンととがっていたのではないか。
「西遊記」の中で孫悟空は、天界の桃園で桃を盗み食いし、不老不死の命を得る。
中国では桃は”邪気を払い、子孫繁栄をもたらす“と考えられている果物である。桃から生まれ、鬼退治をした桃太郎は、まさにこの桃の持つ力を描いた話だったのだ。
たった一つの桃が、壮大なスケールの謎学の旅にいざなってくれた。(フリーライター/小暮 淳)
Posted by ちいきしんぶん at 11:15
│2007年・特集記事

